この仕事を生業として33年が経ちます。
18年病んだ腰痛・ギックリ首も克服し、幼い時からの虚弱な体質も改善してゆく中で、マクロビオティックの食事法も学び実践することで、一年中感冒に悩まされた体質も、玄米食、三年後の辺りに39度の高熱が出たことを最後に、侵されたことはありません。
お医者さんの世話になるのは血液検査の時のみで、還暦を過ぎても快調な日々を過ごしていました。
骨盤を整え、自然食を「いただき」、ゴムバンド体操をして、好きな「お酒」を毎晩楽しんで・・これらのことを実践して行けば、体のことで悩むことはないだろうと不安のない日々を過ごしていました。
しかしながら、今にして思えば60歳を過ぎたあたりから、当センターにある「足のマッサージ器」で・・足裏指圧・・をすると1年1年その刺激が強くなり「うわー痛あい~」と悲鳴を上げたくなるほどに、なっていったのです。
日常生活で痛いのは、足裏で硬い物を踏んだ時に起きるようにもなっていたのですが、その時以外は問題がないので、放っておいたのです。
ただ、原因は・・・?と、考えれば「還暦過ぎれば体の調子いろいろ出て来るよね!・・」と、いう娑婆の声を想い出していました。
平成29年(2017年)66歳、5月朝、起床後昨夜の食器を洗おうと、前屈みになろうとしたその瞬間、腰に「電流が突き抜ける激痛」が走り、前に屈めないのです。
「あれなんだろう・・?、起きるときには痛くなかったのに!」再度試みるも、腰が板のように硬直し激痛が走り出来ません。
必死になって試行錯誤する中で、背中を後ろに反らすようにしてどうにか食器を洗い終えました。
過去の痛みの経験から「この痛みは、ギックリ腰の症状だ!」と判断しました。
体の状況をチェックすると、前屈み以外は強い痛みはでないので、骨盤を整え、晒を一反腰に巻き仕事は休まず続けました。
仕事をすると痛い動作はありますが、ギックリ腰だと思っているので「2週間もすれば治る」と仕事は休みませんでした。
案の定、痛みは日に日に改善しましたが、ひと月過ぎても完全に痛みは消えません。
内心では「やはり歳だから治りも悪いのだ!老化とはこういうことなのか~」と、憂うつ感は否めませんでした。
2か月が経ち、痛みはほぼ消えましたが、過去に経験した「ギックリ腰の状態とは違うよな!」という思いや持続する違和感が気になり「MRI」撮影をしてみたのです。
結果は驚きでした!
「脊柱管狭窄症もある。腰椎4番5番圧迫骨折もある」なのです。

(下の矢印が、腰椎5番椎骨、上が腰椎4番椎骨で、真ん中の椎間板の中心が上下の椎骨に食い込んで眼のようにみえます。
つまり。椎骨が潰れて扁平になっています)
(脊椎間狭窄症は、赤い線で囲んだ部分、腰椎の1番から5番の間が細くなってきています」
ショックは大きく、何が問題なのか考えあぐねました。
結論は、ゴムバンドの体操だけでは老化を補えない・・・?
ストレッチも取り入れ、体の部分部分の筋肉を、「もっと緩めなければ駄目だ!」と考えました。
つまり、筋肉に弾力ない分椎骨に負担がかかり、骨が外圧に耐えられないので骨折するのだと思ったのです。
一回目の圧迫骨折から5年後、令和4年(2022年)71歳、4月29日二回目・仕事が終り、筋肉を緩めようと 仰向けで膝頭を胸に着けるストレッチをしたのです。
「あれ・今日は硬いな!膝が胸に着きにくい~」と力を込めた瞬間、腰が「ぐしゃーん」となったと同時に、腰が硬直して動けないのです。
後日のMRIで腰椎3番圧迫骨折で、また一回目と同じ経過をたどりひと月後には、ほぼ痛みは消失しました。
三回目は2回目の圧迫骨折から9か月後、令和5年(2023年)72歳1月12日朝、大きなクシャミがでそうになったので、腰を屈めて衝撃を和らげようと身構えた瞬間「くしゃみ」と同時に腰に激痛が走り動けないのです。
「またやってしまった!」

この時点で圧迫骨折だと確信しましたが、治るのは時間の問題と解るので、また我慢、我慢のひと月でした。今回は胸椎12番圧迫骨折です
知恵が足りないということ、思慮が浅いということは悲しいことです。
還暦までの絶好調から・・・次第に坂を転げ落ちるようでした。
続けて圧迫骨折することを「ドミノ骨折」というそうですが、自分の築いてきた健康法に大きな欠陥があることが分かり、気持ちが灰色に変わるなかで光明を見出そうと必死に思いを巡らせました。
原点は「薬やサプリメントに頼らず、健康で生きる様々な方法を見つけ出すことを目標としてきたのだろう!」と、自問自答する中で、ここで負けてはと、気持ちを切り替えました。
私は血液検査を年2回から3回することもあります。
この検査は、私の食事法が正しいかを判断するためですが、血液検査で指摘されたことは「尿酸値」が若干高いということだけで、それ以外は優等生です。
尿酸値の問題も、直ぐに解決方法が分かり現在は問題ありません。
よって、骨がこれほどまでに脆いとは思わなかったのです。
しかし圧迫骨折を3回、さらに脊柱管狭窄症もあるというMRIの結果を観て、骨の強度や脊椎を取り巻く靭帯の強度は、血液検査の良否では解らないということをよくよく認識したのです。
実は、一回目の圧迫骨折後のMRI撮影の時、医師に骨密度も測った方がいいと言われ、計測していました。
測定部位は「踵」で、同年齢に比して、右足が62%・左足が68%でしたが、前段の誤った過信が災いして、見逃していたのです。
3回目の骨折の後、検査結果を整理する中で、骨密度が低かったことも判明、骨密度についても様々学んでみるなかで「タンパク質」の不足に気づいたのです。
(骨の構造や成分・タンパク質の摂りかたについては「令和六年四月・五月のセンター便り」で説明してありますから、ここでは省略します)
さて、三回目の圧迫骨折の後から、タンパク質を抜かりなく摂取するようにしてから、骨密度がどう変化するかは楽しみでした。
最初の検査は「踵」で測定しましたが、腰椎の骨密度を正確に測定するには、腰椎の測定できる機器が必要ということが分かり、整形外科で測定した数値です。
2023年11月骨密度75% 同年齢比72%
2024年12月骨密度79% 同年齢比75%
2025年12月骨密度86% 同年齢比82%
骨密度に関与する栄養素は「タンパク質・カルシウム・ビタミンD・ビタミンK・ビタミンC・鉄・マグネシウム」ですが、私は野菜・海藻・キノコ類は常食というぐらい摂取していますので、足りなかったのは、体重1㎏に対して0・5から1gのタンパク質だったのです。
2023年1月からは、タンパク質の摂取を心掛け、3年間でこのように骨密度は改善しました。
高齢になれば骨密度は中々改善しないといわれていますから「食べるものは裏切らない」と、再確認しました。
医師も、私の3年間の変化に「何をやっていますか?」と驚きのようでした。
運動では、ストレッチは以前からやっていますが、歩くことは朝忙しくて月に数回という程度でしたから、週に2~3回を目途に、坂道を見つけて30分ほど大股で歩いています。歩数では3000歩前後です。
時間がない時は「踵の上げ下げを120回」
踵落としを80回、片足立ち(フラミンゴ体操)を左右1分、日に3回やります。
腹筋、背筋も軽くやっています。
6年間という時間の中で、3回も激烈な痛みを味わいましたが、前向きに考えれば貴重な体験をしたということです。
そして、骨密度(骨粗しょう症)は食事・運動で改善することが可能だということの実証が取れたということは「転んでもただでは起きない」自分を誉めてもいいと思っています。
私は、最悪「薬」を拒む気持ちはありませんが、骨折で薬を服用する必要はないと考えましたから、痛み止めも服用しませんでした。
時間が来れば痛みは消える「体には治る力」があるということを体験として解っているからです。
これは全ての病でもそうですが、薬が怖いのは「副作用」があるからです。
皆さん知っていますか「発がん物質第1位は薬です」
誰も教えてくれませんが、安易に服用する愚行は、当センターの会員さんはしないで欲しいと願っています。
付け加えますが「骨粗しょう症」或いは高齢になれば、骨密度が低くなくても医師は「安全のため」と言って薬を勧めるそうです。
月に1回12ヵ月間の注射などですが「高額」です。怖いのは「死亡例」や副作用が多く報告されていますが、そのことについては触れずに・・です。
脊柱管狭窄症も私はあると触れました。これも「タンパク質」が大きなカギを握っています。
腰椎の問題では他に、椎間板ヘルニア・腰椎すべり症・腰椎分離症があります。
脊柱管狭窄症は、腰の腰椎1番から5番の椎骨の全てか、部分的に後方へ出っ張るために、脊髄神経を圧迫して下肢に痛みや痺れを引き起こします。
程度の差により酷ければ「歩行が困難」に陥ります。
椎骨が後ろに出っ張ってゆくのは、背骨が動かないように支えている「靭帯が弱くなること」で起きるのです。
真横から観た腰椎ですが、腰椎の前には「前縦靭帯」後ろには「後縦靭帯」
が腰骨が動かないように、がっちりとガードしています。
この靭帯もタンパク質でできているために、タンパク質の不足はこの靭帯の弾力を低下させてしまうため、結果として脊柱管狭窄症が生まれると私は考えています。

このようにタンパク質の不足は、椎間板ヘルニア・すべり症・分離症を生む要因を作ってしまいます。
当然、仙腸関節の歪みが腰周辺の筋肉に負担をかけて、血液の流れを低下させることも大きな要因です。
私の脊柱管狭窄症はこのようにして生まれたのですが、足先に少しの痺れ感がある程度で収まっています。
今後、日々続けている自己トレーニングでどこまで改善するのか希望を持って生活しています。
副作用に侵されず、体調を回復させる最善の方法は私の仙腸関節調整(整体)を受け、適度の運動をして、食生活を考えれば骨密度も病の心配もないでしょう。
仙腸関節調整は人体の中心骨盤を正して、体の正しい姿勢を維持してくれますから、血液循環は滞りません。
血液が体の隅々まで流れることで、体の全ての細胞は協調し合って体を最善の状態に保ってくれるのです。
体調がおかしくなったときは、生活全般を見回して、問題点を見つけ出し修正することで、体は回復(レジリエンス)してきます。
困った時は私に相談してください。
但し、短時間で回復することもあれば、半年・1年・それ以上もあります。
細胞は常に生まれ変わっていますが、骨などは3年と細胞の中で一番長い時間が必要です。
大切なことは絶対に、焦らないこと。
自分の治る力を信じる。・・こと、です。
腰が痛いから焦って手術をした人は大勢います。成功すればよいのですが「望み通りにゆかず」後で泣いても取り返しはつきません。
最悪一生なのです。
ここに人間の幸・不幸が存在します。
※歪んだ体の番号
①頭痛・三叉神経痛②首の痛み③背中の痛み④腕・手首・指などの痛み⑤腰の様々な痛み⑥⑦⑧足に出る痛みや痺れ・膝の痛み。足裏の痛み。
現代医学が全く無視をしている「体の歪み」病気の元凶は仙腸関節が握っているのです。

人体の中心、骨盤、その一番奥底に、神秘的な仙腸関節は存在します。
この関節のヅレが、次第に全身に歪みを波及させ血液循環を障害させるのです。

若い内は筋肉が元気ですから、骨盤を正すことで腰痛なども回復は早いのですが、年齢を増すごとに回復に時間が必要です。
「賢者は辛抱強く手当てを繰り返すのです」
「必ず幸福の女神が微笑みます」
私は18年間の腰痛や38年間の不調を、辛抱強く手当てを繰り返すことで克服した人間です。
そして、絶好調と言える40歳から60歳までの20年間、でも老化の波は次第に加速され、再度失敗しましたが、失敗したお陰で「健康で生きる老後の生き方」の知恵を会得できたと思っています。
今後もどんな試練が待っているかは未知ですが、この世界に入ってからは、体調の問題に遭遇しても、学んだことを生かして、試行錯誤しながら、薬の服用は「無し」で乗り越えてきました。
これからもそうできると思っています。
髙橋健康指導センター 高橋純一 (令和八年一月)














































以下は私が心がけていることですが、参考にしてください。