身体には自分の知らない不調や病気を治す力が備わっています。
この力を発揮させるには、
第1に、「体の歪み」を正すことです。
第2に、「日本民族の食事」を実践することです。
第3に、「正しい運動法」を実践することです。
第4に、常に「感謝の気持ち」をもって生きることを身につけることです。
第5に、現代医療の実態を学ぶことです。
この条件を学びクリアーすれば、身体の不調や病気を克服することができます。 人間にとって、一番の不幸は知識がないということです。
髙橋健康指導センターでは健康を回復するノウハウを懇切丁寧に指導いたします。

センター代表の言葉 仙腸関節調整健康指導家 髙橋純一
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腰椎・胸椎・圧迫骨折のてん末

脊椎圧迫骨折のてん末

「人間にとって共通の病は無知である知恵こそ凡ての病を救う唯一のものである。」

 この言葉はお釈迦様の格言です。

 私が「健康指導家」の道に入ったのは38歳の時、体調の優れない38年を乗り越えた時に「知恵」がないということは不幸なことだと感じて、この格言を病に罹患しない「座右の銘」とし、吸収すべきことは積極的に吸収し、実践して今日に至っています。

しかし、己の能力の限界はあり、思いもよらないアクシデントに見舞われるものです。

38歳以降、病気にならない知恵を学び、その甲斐あって33年間医師の手当を受けたことは皆無でしたが、34年目(一昨年)にして「目まい」を発症、脳神経外科の世話になりました。

辛い症状は1日で治まりましたが、ひと月ほど、「ふら付き感と食欲不振」で、スッキリしない日々を過ごしました。

原因を考えると、休日2日間、実家で屋外の片づけごとに、精を出した結果の疲労と、平日の仕事の疲労が重なったと感じ、以降、「若くはない!」といい聞かせ、休日はゆっくり体を休めることを優先する生活に切り替えました。

 

「目まい」は「メニエール病」などとも言われますが、内耳の平衡感覚を司る組織が正しく反応しなくなることで、「部屋の壁や天井が回転し、酷くなると吐き気を伴います」。

過去、何人もの患者さんのお世話をした経験から、「骨盤を正し」体の緊張を緩めることを繰り返すと症状は治まりますが、実際体験してみて「具合が悪い、とは辛いことだ!」と久々に感じました。

 

さて、もう一つお話すれば、大きな問題に遭遇してはいたのですが、こちらは医師の世話にならず、自分で処置をして乗り越えました。

「腰椎・胸椎・圧迫骨折」です。

平成29年春、朝、「食器」を洗おうと前屈みになると、腰に痛みが走り食器洗いが困難なのです。

ギックリ腰であれば、立っていることが苦痛になるのに、前屈みのみ苦痛なのです。

腰を痛めたせいだと考え、前屈みだけ我慢して仕事はこなしている中で、ひと月ほどで痛みはほぼ消えましたが、念のため「MRI」撮影をしてみると、腰椎5番圧迫骨折でした。

 

柔軟体操はしているし、体の調子は悪くありません。

年2回実施している血液検査も異常はありません。

考えられるのは、67歳になり、「サルコペニア」という、「筋量低下に伴う身体能力低下」が原因と考え、ストレッチを増やして骨を丈夫にと考えました。  

 

以降、圧迫骨折のことなど忘れていたのですが、5年後の令和4年4月再度見舞われてしまいました。

仕事が終わり、仰向きで、両膝を抱えて胸に付けるストレッチをしたのです。腰の筋肉が固く膝頭が胸につかないので、いやな予感がしたのですが、強引にやった結果、腰に「ぐしゃ」とした衝撃が走ったのです。

症状は前とは違い、ギックリ腰のように動くことが辛くなったので、ギックリ腰だと考え、三日ほど娘に施術してもらい、痛みはありましたが仕事に復帰しました。

この時は1週間ほどすると痛みが和らぎ、前の時と同じように、ひと月で痛みは消えました。でも念のため「MRI」撮ってみると、今度は腰椎3番の圧迫骨折と判明、併せて骨密度測定をすると、同年齢の68%という結果でした。

 

再度の事態に落胆しましたが、原因があると考える中で、骨密度が低いことに問題ありと考えたのです。

骨は刺激を受けると丈夫になると学んだ記憶があり、仕事で結構な肉体運動をしているのに骨密度が低い。

まず頭に浮かんだのが、カルシウム不足です。

でも、カルシウムを含む野菜、小魚、昆布類は摂っている自信はありました。

ただし、カルシウムを腸管から吸収するためには「ビタミンD」が必要です。

ビタミンDは太陽に当たることで体内で合成されますが、太陽に当たる機会は皆無といえる生活です。

そこで当センターにある「太陽光」の照射を心掛けることにしました。

 

 しかし、10か月後の令和5年1月「大きなくしゃみ」をしたことで、ギックリ腰のようになってしまったのです。

これは再再度の圧迫骨折と感じましたが、ひと月我慢すれば治ると以前の体験から、必死に痛みが取れる日を期待して、ほどほどに仕事をしながらその日を待ちました。

多くの皆さんは、「無茶苦茶」であると思われるでしょうが、「骨盤を正し」、身体に無理な負担をかけない生活をしていると、体の「自然治癒力」が治してくれる体験を幾度もしている私は、無駄な診察を受けて薬など処方されたら、「医療費の無駄使いになる」「自分で治せる病は自分で治す」の生き方をしているからなのです。

もう一つは「圧迫骨折・ギックリ腰・腰痛・体の歪み」も、骨盤を正し、時間の経過の中で治すしか方法のないことを知っていますから、医師の世話にはならなかったのです。

ひと月後痛みは消えました。

しかし、再再度の圧迫骨折に「大きなショック」を受けましたが、原因は必ずあると思案しました。

そして分かったのは「無知」だったのです。骨の仕組みを再度学んでみると、カルシウムは大切であるが、タンパク質も大切であるという事実です。

骨組みの中心は「コラーゲン」というタンパク質、周りの壁がカルシウム、マグネシウムなどのミネラルなのです。

たんぱく質の一日当たりの摂取量(各種見解はあります)は体重1kg当たり1gほどといわれています。当時の体重は52kgほどですから52gは必要ということですが、計算してみて少ない摂取に驚きました。

そこで50g以上摂ろうと考えたのですが、肉・卵を食べない私ですから、魚と植物性たんぱく質だけでは、量が多くなること、献立も大変なのです。

肉と卵を入れると献立が楽になるので、30数年控えていたこれらを食することに切り替えました。

元々、肉や卵は大好きだったのですが「血液を汚し発がん性が高くなる」ことが分かったので食べなかったのです。

しかし、タンパク質不足を解消し、骨密度を高めるためには、避けては通れないのです。

 

令和5年1月の腰の痛みは、圧迫骨折と感じましたが、MRIで確認するまでは断定できません。

しかし、令和4年には腰のMRI撮影、「目まい」で頭部「CT」も撮りましたから、磁気・放射線の頻度が高くなるのは怖いので1年後と考えました。

令和6年3月、楽しみにしていた撮影をしてみると、今度は「胸椎の12番」の圧迫骨折でした。

腰椎でなく胸椎の骨折、それも「くしゃみ」でなったのですから、如何に背骨が弱っていたか、脆弱であったかということです。

 

骨密度も計測してみると、令和4年に比し0.4ポイント改善したので、食事改善の効果はあると感じました。

令和5年1月の圧迫骨折は胸椎でしたが、令和4年1年間は、虚弱体質を克服した30数年間で前に戻ったような最悪の年であったのです。

1月に腰を痛め、腰の状態が良くなったら、4月に圧迫骨折。痛みが取れたら「痛風」で改善するのに2か月を要し、10月には「目まい」を発症しました。

この1年間は体調が落ち着かず「食欲」のない日が多かった年でした。

その影響で54kgの体重が52kgまで減りましたが、市民検診などでは問題がありません。

しかし、年を超えた令和5年1月の胸椎の圧迫骨折は、食欲の低下やタンパク質不足が「栄養失調」を引き起こし、更に、体重減少による「筋力低下」により、背骨が「疲労骨折」を引き起こす状態になっていたと考えることが出来ます。

以降、1年と3か月「食事改善・休養・筋トレ」を心掛けたことで、現在の体重は57kgまで増え、身体の問題はありません。

加齢に伴い。今後どのような問題が起こるかは未知数ですが、学んだ「知恵」が生かされることを願っています。

 

付け加えれば、この一連の不調の中で感じたことは、最初、腰を痛めただけと感じて、骨盤を正し、痛みが引けていく中でできる範囲の運動をしていると、ひと月で回復しました。

仕事もほぼ休まず、腰に一反の晒を巻いて施術をしていました。

2回目も3回目も同じでした。

「患者さんには話さなかったので、誰も私の圧迫骨折分からなかったでしょう」。

 痛みはあっても我慢でき、動くことが出来るから施術していたのです。

 そしてもう一つ驚くのは、背骨の「圧迫骨折」をすると「背骨が丸くなる」方が多いようですが、私は3か所も傷めたのに、背骨は丸くなりません。

ここに「骨盤正す」ことの大切さと、運動することの大切さを感じました。

令和6年春 髙橋健康指導センター 髙橋純一